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気の向くまま

まったりオタクライフの日々

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彩雲国小話

桃花扇の第三部に入れ損ねたネタです。
今回は、燕青と静蘭が主役でGO!




「燕青。早苗は帰してもらうぞ。」
「は?お前、いきなり何を言ってるんだよ。」

秀麗と香鈴と早苗が女同士仲良く話している壁一枚の向こうで、
俺も鶏団子食いたい、と心底羨ましそうにしている燕青の
背中に静蘭は突然、早苗を帰してもらうと言い放った。
いきなりの言葉に燕青はぎょっとして振りかえる。

「言葉通りの意味だ。それすらわかからんのか、このコメツキバッタ。」
「いや、バッタは関係ねえじゃん。」
「もうお前は早苗の師匠でいる必要はない、ということだ。」

静蘭の言葉に燕青の眉がわずかに寄る。

「……櫂のじっちゃんが言っていたことと関係があるのか。」
「そうだ。」

”早苗は上に行く決心をしたようですね。”

そう言って意味ありげに二人に告げた櫂喩の言葉を燕青は思い出した。

「……早苗は主上に側に来てくれ、と言われている。まだ返事はしていない
ようだが、櫂喩殿に上に行くことを伝えたと言うことは答えは出たも同然だ。」
「まぁ、な。そっか……早苗のやつ、行くのかぁ……。」

静蘭がちらり、と視線を動かすと燕青の横顔は寂しさと心配で溢れていた。

「不服そうだな。」
「不服っつーか、心配っつーか。俺、個人的には早苗は上にいって
欲しくはねぇんだよなあ。」
「どういう意味だ。」

「んー、なんつーか早苗は姫さんと違って何でも捨てるだろ?
姫さんはその手に掴めるだけ掴もうとするし、一度掴んだもんは
ぜってー捨てない。だからこそ奇病騒ぎの時も乗り込んでいったわけだしさ。」
「それがどうした。」

「これが早苗だったら姫さんと同じ事はしなかっただろ?別に村ごと
焼き尽くすようなことはしないと思うけどさ。姫さんはあらゆるものに
目をかけて手を差し伸べるけど、早苗はそれを一人にしか向けない
人間だと俺は思う。これで早苗が王さまに忠誠を誓うというのならば、
早苗は王さましか見なくなるぜ?」

「王に忠誠を誓う腹心では不満か。」
「不満だね。はっきり言わしてもらうが、今の主上に早苗の『忠誠』を
受け止める『覚悟』があるとは思えねえ。」

燕青の脳裏に王と側近達の姿がよみがえる。たまたま居心地が
よかったがゆえにずるずると馴れ合っている彼らの姿が。
見たくないものから顔をそらし、自分にとって都合のいいものしか
見ていない。そんな所に可愛い弟子を放り込むことは燕青には
許し難かった。

「早苗は何も持っていない。だからこそそれが何を意味するのか。
あの主上がそことんとこわかってるのか?」

射貫くような目を向けられ静蘭は口ごもった。

「早苗は、主上を守るためなら何でもするぜ。自分の意志も
立場も命も何もかも『王の為』に使うだろう。
それを背負う覚悟が今の主上にあるとは俺には思えないね。
もし主上がその覚悟の意味をわかるときがくるとしたら、
それは早苗が死んだときだ。」

燕青の言葉に静蘭は沈黙した。その通りだと彼も思うからである。
主上は、弟である劉輝は早苗に側に来て欲しいと望んだ。
何も持たない早苗を側に置くことの意味をわかっているとは
静蘭も思っていない。けれど、いつだって自分の気持ちより
周囲を思いやってきた弟が自ら望んだのだ。

「……主上の御心は主上にしかわかるまい。ただ言えることは
早苗はそれを承知の上で、いや、だからこそ決めたのだろう。
仮に今の側近達が忠誠を誓っても、早苗のように動くことは
できまい。」
「早苗に捨て駒になれと?」

「早苗が望んだんだ。たとえ主上が早苗の覚悟を計りかねて
いたとしても、自分のことを切っ掛けに王としての自覚が
芽生えるなら躊躇う理由はない、とな。」
「俺は認められねえ。早苗を死地へ追いやる為に弟子に
したわけじゃねぇんだ。少しでも早苗の選択肢が広がるように、と
思って教えたんだ。望んだのはこんなことじゃない。」

「……燕青。お前の望みと早苗の望みは違う。それだけだ。」
「わかってる。俺の望みを早苗に押しつけるつもりはさらさらない。
けどな!いくら早苗が納得していようが、それを受け入れる側が
全くわかっていないのは俺には許せない。そういうことだ。」

「だからといってお前が早苗の側にいてやれるとでもいうのか?」

静蘭の言葉に今度は燕青が言葉を詰まらせた。

「無理だろう?お前が選んだのはお嬢さまだ。お前がお嬢さまの
側にいることはあっても早苗の側にいることはあるまい。
いや、できないだろう。早苗が主上の側に行くことをお前が反対
したとて、早苗は必ず主上の側に行く。
……それが、早苗の意志だからだ。」

「くそっ……!!」
「早苗の覚悟の程を主上がわかっていないと言いたいお前の気持ちは
よくわかる。けれど、早苗自身の覚悟はわかるだろう。」
「……ああ。」

「邪魔をするなら早苗は師であるお前を簡単に捨てていくぞ。
下手をすれば敵と見なすだろう。今の主上に忠誠を誓うということは
即ち、いざというときは彩七家や貴族達を敵に回す可能性を持つ。
そして、早苗はその覚悟を決めている。

今は選ぶ時ではないが、そのときがきたら早苗は燕青や私はもちろん、
お嬢さまも旦那さまも捨てて主上の元は馳せ参じるだろう。
無論、あの側近達にすら刃を向けるだろう。紅藍両家すら敵に回す
ことに躊躇わないほど覚悟を決めた早苗の意志を止めることは
誰にもできない。

そして燕青。お前はお嬢さまを選んだ。時と場合によっては、
つまり紅家の出方次第ではお前と早苗は敵対関係になる可能性もある
ということだ。」

「俺は紅家に仕えているわけじゃない。姫さんだぜ。」
「お嬢さまの持つ血がそれを許さないだろう。直系長姫の上、
当主である黎深殿に溺愛されているわけだからな。
いくらお嬢さまが官吏であることを望んだとしても、朝廷の状態一つで
紅本家はお嬢さまと旦那さまを退かせるだろう。
旦那さまはともかく、紅家の力を盾に、なおかつ黎深殿の後見を
持つお嬢さまに拒否権はない。たとえお嬢さまが拒もうとも
そのときは無理矢理にでも紅州へ連れて行かれるだろう。
そのときは燕青。いくらお前でも止めることはできん。」

静蘭の言葉を聞いて燕青は深い溜息を吐く。

「だから早苗を主上の側に行かせたくないんだよ。
姫さんなら何一つ取りこぼさないようにするし、ぎりぎりまで
敵対しないように考えて考えて考え抜く。
けど、早苗は最初から一つしか見ていない。その一つしか
守ろうとしないから、他のをあっさりと手放しちまうんだ……。」

「身の丈、というを知っているんだ。見知らぬ場所でただ一人
家族を捜しているような子だ。自分の限界以上のことに手を出すような
人間だったら早苗はとっくにこの世にはいない。
いつだって身の保身を考え、できることとできないことを見極めて
きたからこそ生き抜いてきたんだ。お嬢さまと違って早苗には
誰もいない。助けてくれる存在が何一つないんだ。」

誰もいない、という言葉に燕青はハッとして顔を上げた。

「そういうことだ。誰もいないからこそ主上の助けになれる。
そして、主上には誰もいないからこそ自分が行く、と早苗は
決意したんだ。……あの側近どもがまともな側近だったら
早苗は主上の側には行かなかっただろう。」

「そうだったらよかったなぁ……。ていうかさ、ふつーに
嫁に行くとかは駄目なんか?」
「……早苗は藍龍蓮との縁組みを当主直々に持ち込まれなおかつ
それを断っている。」
「まじっ!?龍蓮坊ちゃんが相手かよ……。」

「問題は藍龍蓮じゃない。あの藍家からの縁組みということだ。
断ったことに何のお咎めがないことは安心したが、その結果、
早苗は藍家以上の相手でなければ結婚はできない。」
「え?そうなのか?」

「もし早苗が結婚するなら王家か紅家直系男子のみ。
そうでなければあの藍家が黙ってはいまい。だが現状を
考えると、貴族の娘でもない早苗が嫁ぐのは無理だし、
そもそも相手がいない。どう考えても今の早苗に結婚という
選択肢はないな。」

「うわー、なんか酷くね?」
「あの藍家だからな。そういうやり方ばかりする一族だ。」
「わちゃー。」
「さらに追い打ちをかけるようだが、早苗は絳攸殿をかばって
兇手を殺している。詳しい経緯はわかりかねるが、早苗はもう二度と
故郷に戻ることはできなくなったらしい。」

「……本当に?」
「ああ。」

燕青が茶州で駆けずり回っている間に、ただ一人の弟子は
とんでもないことに巻き込まれていたのかと思うと胸が痛くなる。
どう考えても側にいてやれることなんてできないのに、それでも
もし、自分が側にいてやれたら、なんて埒もないことを燕青は
思ってしまった。

「そっか……。早苗のやつ、李侍郎さんを庇って……。」

黄尚書の邸で、絳攸と話している早苗を燕青は思い出した。
去年の夏。猛暑の時だった。女性による国試受験制度が導入
される直前のときで、あの夜、絳攸は早苗に引っ張ってやると
言い切り、それに早苗は深く頷いていた。

あのときの二人に、影月や香鈴のように甘酸っぱい空気など
微塵もなかったけれど、それでも確かな信頼関係を築いている
雰囲気はしっかり伝わってきていた。
けれど、そのようなことが起きたなら、多少なりとも二人の関係は
変わってしまったことだろう。以前のように戻れるわけがない。

燕青は天井を仰いだ。この先、どんな現状が待っていようとも
早苗が主上の側に行く意味を否応なしに悟ってしまったから。
本当はわかりたいくないし、本音を言えば反対なのだけれども。

「わかったか、このコメツキバッタ。早苗はもうお前の弟子で
いることはできない。何より早苗自身が動き出している。
早苗は自分の意志で歩いている。だからこそ止まるのも
自分の意志でしかない。お前がそこでごねても無駄だ。」

「そりゃそうだろうけどさ。たった一人の弟子を心配する
俺の気持ちも察してくれよ。」
「私は無駄なことはしない主義だ。」
「……俺の心配は無駄かよ。」

「私は早苗の側にはいられないが主上の側にはいる。
早苗が上に行くというなら私がそれを助ける。さすがに
今のまま早苗を行かせるわけにはいかないからな。
ちゃんと身を守る術は教える。……縹家のこともあるしな。」

静蘭の言葉に燕青は目を鋭くした。早苗が意識を戻さなかった
原因はやはり術によるものだと判明し、そんなことができるのは
縹家でもかなり力の強い人物だと英姫に教えられたのだ。
早苗を狙う理由を英姫は知っているようだったが、それに関して
彼女は何も言わなかった。

けれど、縹家が関わっているなら確かに早苗は貴陽にいた方が
安全だろう。あらゆる妖の存在を許さない貴陽は、縹家のお得意の
術を発動させることはできない。妙な術が相手ではいかな静蘭と
いえども手が出せないが、剣での勝負ならばそうは負けない。
けれど……。

「なあ、静蘭。俺にとって早苗はきっと最初で最後の弟子だと
思うんだ。だからこそ可愛いし、幸せになってほしいと願っている。
早苗には好きな道を歩いていって欲しいし………………。
それなのに何でなんだろうな。あいつの行く道はどれをとっても
辛かったりとか苦しかったりとか、果てには命の危険があるような
道しかねえんだよ。おかしいだろ……。」

「……たとえ、どんな道であろうとも、選択肢が限られていようとも
早苗はちゃんと納得した上で選んでいる。それだけは間違いはない。」

そのとき、燕青と静蘭の耳に楽しそうに笑っている秀麗と香鈴と
早苗の声が聞こえた。こうしていると三人とも普通の女の子だ。
楽しそうにお喋りして、ついつい夜更かししてしまって――――。

いっそのこと、このまま時が止まってくれたらいいのに。
いつもの燕青なら絶対に思わないことをこのとき彼は願ってしまった。
時が止まってくれたら、秀麗も早苗も燕青の目の届く所で笑っていて
くれるのだ。

「なあ、静蘭。たとえ、俺と早苗の立場がどうなろうとも、俺にとって
あいつは最初で最後の可愛い弟子だよ。悪いけど、お前には帰して
やれねえわ。」

そう言って燕青は静蘭の言葉を待たずに室から出て行った。
それを見送った静蘭も軽い溜息を吐く。貴陽に戻ったら、緊張を
強いられる日々が続くことだろう。自分は平気だけれど、早苗には
酷かもしれない。だから。

「今だけはゆっくり羽を伸ばしてください。」

壁の向こうで笑っているであろう早苗に、聞こえないのを承知で囁いた
静蘭は、室から出て行き燕青とは反対方向に足を向けた。


<あとがき>
燕青と静蘭の会話でした。
けっこう気に入っていた場面だったのですが
話の都合上ボツに。やっとアップできて嬉しいです♪
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