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気の向くまま

まったりオタクライフの日々

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彩雲国小話

桃花扇の第一部に入れ損ねたネタというか、話の流れ上、
ボツになった話です。
ヒロインが用心棒になりたての頃で、秀麗に会う前のお話。



この界隈では一番の妓楼の一角にある、妓女達の部屋の近くに
早苗の室があった。室といっても最近まで物置にされていた部屋であり
使われなくなった家具や道具が未だに隅に積まれている。
しかし、ほとんど睡眠以外この部屋を使うことがない早苗にとって
それはどうでもいいことだった。

日中はこの妓楼の用心棒として働いている。
それ以外の時間は祖父捜しに費やしており、
彼女を知っている人なら、誰もが知っている事である。

あきらかに偽の情報じゃないかと思うものにさえ早苗は
飛びつき、最近では妓女連を束ねる親分である胡蝶でさえ、
眉をひそめるような場所に出入りしていた。

今日も駆けずり回り収穫がないまま戻った早苗はそのまま
気絶するように布団の上に転がった。
寝息が室内に聞こえ始めた頃、静かに扉が開かれる。
入ってきたのは胡蝶だった。

「……また怪我を負ったのかい。全く、困った子だねぇ。」

形のいい眉をひそめた胡蝶は軽い溜息を吐いた。
早苗の顔や手には無数の傷や殴打の跡が見えている。
一体、どこで何をしてきたんだか、と本当に思う。

「手当もしないで眠っちまって……。傷が膿んだらどうするんだい。」

胡蝶の白くて細い指先がそっと早苗の手首に触れた途端、
眠っていたはずの早苗の目が開いた。

「……胡蝶姐さん?」
「ああ、起こしちまったかい?悪かったね。」
「いえ……。なんでこんな所に?」
「なんで……って早苗の手当に決まってるだろう?さ、手をお出し。」

「いえ……かすり傷ですし、自分でできますから大丈夫ですよ。
それより、胡蝶姐さん、仕事じゃ……。」
「ふふ。焦らし待たせるのも手管の一つさ。この胡蝶自ら手当を
する奴なんて滅多にいないよ?それを断るとでも言うのかい?」
「いや、それでも……。」
「ああ、もう焦れったいね。この胡蝶がいいと言っているんだから。」

自分で手当をするといってひかない早苗の手を、胡蝶は強引に
引っ張り出し手当を始めた。早苗の傷を見て、胡蝶の目が一瞬だけ
険しくなる。

”刃物で斬られた傷……か。”

早苗の腕は胡蝶も知っている。その早苗にこれだけの傷をつける
相手となれば、かなりの手練れだろう。しかし、そんな相手と早苗の
刃傷沙汰は胡蝶の耳には届いていない。

一度、胡蝶の懐にいれた人間については、どんなことでも胡蝶の耳に届くように
情報網は張り巡らしてある。情報が武器の一つでもあるからだ。
けれど、早苗が祖父捜しを始めた頃の動きは胡蝶にも届けられていたが
最近では早苗が何をしているのか胡蝶の耳には入らなくなってきた。

つまり早苗は胡蝶が知っている範囲外で動いている、ということである。
いくら胡蝶が妓女達を束ねる親分で、そして他の親分衆ともつながりが
あるとはいえ、すべての情報を把握できるわけではない。
それゆえ、胡蝶の手が届く範囲外で何かが起きてしまったら、もう胡蝶には
早苗を助けることができなくなる。

「……少し、怪我をしすぎだよ、早苗。」
「すみません……胡蝶姐さん。」
「ただでさえあんたの仕事は危険が伴うんだ。無茶をおしでないよ。」
「はい。」

胡蝶にとって早苗は、ある妓女を助けられた際に知り合った娘である。
花街というよりすべてに不慣れな様子だったが、胡蝶が驚くほど早く
彼女はこの生活に慣れていった。
最初は胡散臭げに見ていた他の妓女や男衆達も今では彼女を見ても
怪訝な表情を見せるようなことはしない。

だからといって、好意的に受け入れられているというわけではないが。
つまり、空気と同じでいようがいまいが誰も気にとめない、という
わけである。もともと花街は大半が出身地が不明だったり、氏素性が
よくわからない者が多く集まる場所である。だから早苗がどこの出身か
わからなくても、それを気に止める者がほとんどいない、ということなのだ。

雇う妓楼側としても、お尋ね者でない限り、きちんと仕事さえしてくれれば
素性など気にも止めない。胡蝶でさえ把握しかねている妓女達もごまんといる。
胡蝶はそれなりに長く花街にいるわけだから、多くの男や女達を見てきた。
運良く身請けされる者もいれば、騙されて金だけ奪われた女もいた。

妓女を性欲の捌け口としかみない男もいれば、妓女に入れ込みすぎて
身代を傾けた男もいた。まさしく星の数だけ男もいれば女もいるわけで、
だからこそ男女間の出来事も数え切れないほど色々、色々あったものだ。
けれど、多くの人たちを見てきた中で早苗だけは異質だと胡蝶は思っている。

それが何なのかはよくわからない。わからないからこそ、こうして些細なことで
胡蝶は早苗に話しかけるのだ。その何かを知りたくて。
早苗は外見はどこにでもいるごく普通の娘だ。大勢の中に紛れ込んだら、
そこに溶け込んでしまうような容姿。

腕っ節も確かに強いが、べらぼうに強いわけではない。こうして考えると
話している割に、胡蝶は早苗のことをよく知らない。最も、早苗も胡蝶の
ことを聞いてこようとしないから、胡蝶のことは妓楼一の妓女と、妓女連を
束ねる女親分というくらいしか知らないだろうが。

「さ、これでお終いだよ。疲れているのはわかるけど手当くらいちゃんとおし。」
「はい。お手数おかけしてすみませんでした。」

すまなそうな表情をして早苗は深々と頭を下げる。
いつまでたっても他人行儀な態度は変わらない。隙あらば胡蝶にすり寄ろうと
する輩は多いのに、よりにもよって胡蝶自身が気にかけている人間が
近づいてこないというのも皮肉である。

思えば早苗は誰に対してもそうである。挨拶はするし、話しかけられれば
きちんと話す。けれど、一線を引いている。早苗はそれを渡ろうとはしないし、
相手にも渡らせない。それだけは許さないという拒絶を胡蝶は感じ取っていた。
そこを超えなければ、胡蝶がしりたい『何か』には手が届かない。

「ああ、そうだ。明日から早苗にちょいと頼みたいことがあるんだ。」
「私にですか?何でしょう?」
「ウチに帳簿付けに来ている女の子がいてね。ああ、確か早苗と同じ年だよ。
その子の仕事が終わったら邸まで送り届けて欲しいのさ。」

「邸……ですか?」
「そうさ。ちょいとワケありの子でね。詳しいことは明日、話すから頼んだよ?」
「はい。わかりました。」
「それじゃ長居してすまなかったね。ゆっくりお休み。」
「ありがとうございます、胡蝶姐さん。」

胡蝶は白く細い指を蝶のように揺らして早苗の室から出て行った。

「砦を崩すには正面から……なんて決まってるわけじゃないからねえ。」

ふふ、と紅が引かれた唇を持ち上げ、胡蝶は艶やかに微笑む。

「この胡蝶が探りをいれても何もわからないなんて、姮娥楼一の妓女として
名折れだからね。前が駄目なら後ろからいこうじゃないか。」

同じ年頃の子同士なら早苗の対応も違ってくるだろう。
そうなったら、早苗から引き出せる情報も増えるはずだと胡蝶は睨んでいる。
本当なら早苗を表には出したくなかったのだが。

「気になるんだから仕方ないねえ。」

くつくつと笑いながら胡蝶は客が待っている室へと足を向ける。
確か今日は、上客の一人だったか。
高揚感を押さえきれないまま、胡蝶は艶冶に笑って扉を開いた。

「待たせちまってすまないねえ、藍さま。」


この夜の胡蝶の決断により、早苗は秀麗と出会い、邵可や静蘭や楸瑛、
そして絳攸との出会いに繋がることになる――――。
このときの早苗は何も知らないまま、疲れた体を癒すべく眠っていた。


そして翌朝。


「こんにちは。私、紅秀麗って言うの。時々、貴女のことを見かけていたわ。
ねえ、名前も聞いてもいいかしら?」

胡蝶から頼まれた仕事を切り出す前に、秀麗の方から早苗に話しかけてきた。
その時の秀麗の笑顔はまるで向日葵のようだった、と早苗は後になって述べている。


そして、後に初の女性官吏となり何かと比較され相反する道をたどった
二人の出会いはここから始まることになる――――。


<あとがき>
実は、第一部の序盤はもっと長く秀麗が出てくるまでかなりの長さが
あったんです。でもそれだどオリキャラ続出でつまらないので
さっくりカットし、ああいう形になりました。その結果として胡蝶姐さんとの
絡みが浅くなったんだよなあ……。ちなみに第一部はこれで終わる
予定でした(笑)いくらなんでも本編に入る前に第一部が終わるのはなあと
思ってかなり書き直しました。もったいない時間の使い方(苦笑)
ヒロインがこの頃に何をしていたかは、第四部で書く予定です♪
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